オールドボーイ

 「JSA」のパク・チャヌク監督が、かのカンヌ映画祭でグランプリも獲得した、紛れも無い傑作である。


 オ・デスは妻と一人娘を持つ、遊び人ではあるが極めて平凡なサラリーマン。が、娘の誕生日プレゼントを持ち帰る雨の中、忽然と姿を消す。
 彼が次に目覚めたのは、古汚いどこかの部屋。拉致され、監禁されたのだ。
一年に一本、彼は腕に刺青を入れた。そしてそれが15本となったある日、目覚めると彼は外の世界にいた・・・「妻殺し」の濡れ衣を着せられて。
 自分を監禁したのは誰なのか?そしてその理由は?オ・デスの、壮絶な復讐が始まる。


 韓国映画はおもしろいらしい、とか(「猟奇的な彼女」「僕の彼女を紹介します」)、韓国映画は素敵らしい(「甘い人生」・・)とか、韓国映画のアクション物はドラマチックだよね(「シュリ」)であるとか、そういった韓国映画に対する漠然とした先入観は、まず、捨てていただきたい。韓国映画は確かに良作が多いが、日本映画が「メリハリ」がきかないのがその短所のように、韓国映画はなぜか意味無く「派手すぎ」たり「だらだらとエピソードが続く」という短所がある。(と、思う。もちろん私の個人的な意見としての「各国映画の傾向」であるが。)

 が、「オールドボーイ」にはそのどれもあてはまらない。「シンプルさ」がその最大の魅力の一つであるからだ。
 その「シンプルさ」は最高に計算しつくされたものである。ストーリーは原作である日本漫画「オールドボーイ」からきているものであるにしろ(しかしその展開結末とも大幅に違うらしい)、その筋の展開のさせ方、場面の挿入の仕方は、無駄な場面がいっさい無いのみならず、謎解き映画系にありがちな「あれって、どうしてだったの?」というのが、ほとんどない。ストーリー展開に無駄がいっさい無く、しかも明快であるのは、この映画の第一の強みである。

 しかしなにより素晴らしいのは、監督本人が一万枚は描いたといわれる絵コンテにそって撮られた、完璧なまでに計算しつくされたアングル・カットであり、それを芸術作品としてまでに高める、美術・音楽・照明の技術の高さである。
 オ・デスが監禁された部屋を見れば、とたんにこの映画が「韓国らしさ」が極めて少ないのに気がつくであろう。もちろんオ・デスが見るテレビでは韓国の歴史が刻まれるし、オ・デスが歩く町並みにはハングルがあふれる。が、監督はそういった風物を取り入れて「現実らしさ」をかもしだすよりも、がちゃがちゃとした柄の壁紙や、70年代初頭を思わせる色合いの家具や衣装、そしてどこか「古ぼけた」壁、エレベーターといったところにオ・デスの苦悩が刻み込まれた顔や立ち姿を配置することで「リアル」を作り出す。

 オ・デスが監禁されていた場所の用心棒たち数十人と戦う「緑の廊下」の場面などは、まさに監督の骨頂である。古ぼけた廊下の緑の壁と、床にたまる赤い血・黄色い照明というセッティングのもとで、前からではなく、あくまで横から、オ・デス対用心棒たち の戦いをロングショットで写してみせるその場面は、「マトリックス」のラストシーンを思わせるが、その数倍壮絶で、そして、数百倍も、芸術的である。(「マトリックス」を思わせるショットは他にもいくつかあり、また、セットや場面挿入が「ファイトクラブ」そのものだったりと、監督のハリウッドからの吸収・咀嚼力を感じさせる)

 オ・デスと知り合う女性ミドの回想は、彼女の顔の横から地下鉄が走り出て、大きな蟻が座っている・・(オ・デスの幻想の蟻もあるのだが、この蟻といい、数箇所に見られる非常に「痛い」場面は、「アンダルシアの犬」といったシュールリアリズムの手法だ)といった、シーンからシーンへの転換も、実に見事である。
 美術作品としての「オールドボーイ」は、まさに、何の文句もつけようがなく、そのまま現代美術館で展示が出来るほどである。そういえば、韓国の現代美術には素晴らしいものが多かったことを、思い起こされた。

 音楽は、音楽プロデューサーの下、三人の作曲家が担当しているが、テーマとなっている美しくも悲しいワルツ曲を書いたのは24歳というイ・ジス。(「シルミド」の音楽担当でもある・実はヨン様のピアノの吹き替えでもある)全ての曲が、素晴らしい映像とストーリーを、非常に効果的に引き立てている。

 また、主役を演じるチェ・ミンシクの演技力も忘れてはならない。最初に登場する酔っ払いのサラリーマンと、復讐を遂げていくオ・デスは、まるで全くの別人である。韓国では名優として名が高いらしいが、この寂寞感と怒りを内に秘めた演技は、まさに彼にしか出来ないであろう。また、他の役者陣も心に残る。

 最後になってしまったが、ストーリーは、最高に苦しくて悲しい、とだけ言っておこう。これは、ある、「獣に劣る人間」たち壮絶な復讐譚である。「あっと驚くような・・」とか「ドラマチック!」といった言葉が不釣合いなほどの、凄烈な人間ドラマと衝撃的な結末が、この映画を見た人全てを満足させ、声を詰まらせる、と断言しておこう。

 映画館で見れなかったことを惜しみつつ、今すぐ皆さんに見ていただきたい、傑作である。

映画として10/10
現代美術作品として 100/10
ストーリーの衝撃度 10/10
主役 10/10

追記:ピーター・グリーナウェイのファンである私が、チャヌク監督を「ポスト・グリーナウェイ」と呼んだら、賛同していただける方、おられますか。
(芸術的傾向は違うけれど、その手法の美しさで・・)